- 2026年8月28日
- 2026年9月29日
仏性
ひとつ、とても大切なことに気づいた
**人は誰でも、仏性を持っている。**
そう思えたことが、今日一番嬉しかった。
医療をしていると、ときどき、とても頑固な人に出会う。
自分の思い通りにならないと怒る。
人の話を聞かない。
周囲の人を傷つける。
家族との関係も壊れてしまっている。
本人も苦しんでいるのだろうけれど、その苦しさを素直に表現できず、怒りやわがまさとして出してしまう。
最初に出会ったときには、
「この人は、なかなか大変な人だな」
と思う。
正直に言えば、
「どうしてこんなに頑固なんだろう」
と思うこともある。
でも、今日、その人と向き合っていて、少し違うものが見えた。
人は、頑固だから頑固なのではないのかもしれない。
怒っている人は、本当に怒りたいわけではないのかもしれない。
わがままな人は、本当にわがままなのではなく、その奥に、怖さや不安や孤独が隠れているのかもしれない。
身体が苦しくなる。
自分の身体が思うようにならなくなる。
死が近づいてくる。
家族との関係もなくなっていく。
そんな状況に置かれたら、人間は自分を守るために、どんどん鎧を厚くしていくのかもしれない。
怒る。
拒絶する。
人を攻撃する。
「俺はこうだ」と言い張る。
そうやって、自分自身を守る。
でも、その人の身体の状態を一つ一つ説明していく。
何が起きているのか。
なぜ苦しいのか。
どうすれば楽になるのか。
薬は何のために使うのか。
どうしてこの治療が必要なのか。
そういうことを、上から命令するのではなく、本人が理解できるように話していく。
そして、身体の苦痛を少しずつ取り除いていく。
すると、不思議なことが起こる。
人が変わっていく。
頑固だった人が、素直になっていく。
怒っていた人が、穏やかになっていく。
人を拒絶していた人が、人を受け入れるようになっていく。
そして、家族との関係まで変わっていく。
その姿を見ていて、今日ふと思った。
**ああ、人間って、本当はこういうものなのかもしれない。**
最初から悪い人だったわけではない。
その人の中に、ずっと柔らかい部分があった。
ただ、それが長い間、恐怖や怒りや苦しみの下に隠れていただけなのかもしれない。
そして、その部分が少しずつ現れてくる。
その姿が、とても美しかった。
そこで初めて、
**「人は誰でも仏性を持っている」**
という言葉が、自分の中で実感としてわかった気がした。
仏性というものが何なのか、難しいことはわからない。
宗教的な意味を深く考えたわけでもない。
ただ、
**どんなに頑固な人の中にも、どんなに怒っている人の中にも、どんなに人との関係を壊してしまった人の中にも、最後まで失われない柔らかさがある。**
そのことを、今日、自分の目で見たような気がした。
そして、それを見つけるために、医師が無理やり人を変える必要はないのだと思った。
命令する必要もない。
説得して従わせる必要もない。
その人が自分自身を理解できるようにする。
苦しみを少し減らす。
安心できる場所を作る。
その人の言葉を聞く。
そして、その人自身が持っている力が出てくるのを待つ。
すると、自然に人は変わることがある。
だから、医療というのは、病気を治すことだけではないのかもしれない。
**その人の中にある、本来の人間らしさが戻ってくるのを手伝うこと。**
それも医療なのかもしれない。
今日、それを感じた。
—
そして、このことは自分自身にも当てはまるのかもしれない。
自分もこれまで、怒ったり、傷ついたり、頑固になったり、何かに執着したりしてきた。
もしかしたら、それも全部、自分を守るための鎧だったのかもしれない。
だとしたら、自分の中にも、まだ自分が気づいていない柔らかい部分があるのだろう。
それを無理に探す必要はない。
ただ、少しずつ鎧を外していけばいい。
そして、人を見るときにも、
「この人は嫌な人だ」
で終わらせない。
その人の奥には、何があるのだろう。
何を恐れているのだろう。
何を守ろうとしているのだろう。
その奥に、まだ柔らかいものが残っているのではないか。
そういう目で、人を見られるようになったらいい。
—
今日、僕は一人の人間の変化を見た。
どんな人にも、変わる可能性がある。
どんなに固く閉じている人にも、開く瞬間がある。
どんなに頑固な人にも、素直になれる場所がある。
そして、その素直になった姿は、とても美しい。
だから今日のこの気づきを、忘れないようにしておきたい。
**人は仏性を持っている。**
そして医療とは、ときに、その仏性がもう一度表に出てこられるように、苦しみを少し取り除き、安心できる場所を作ってあげることなのかもしれない。
今日、このことに気づけたことが嬉しい。
これまで自分がやってきた医療の中に、こんな意味があったのだとしたら、
**この仕事をしてきて、本当に良かった。**
今日は、それだけで十分幸せな一日だった。
